特集/コラム

【選ばれし者たち】2007-06-30

「目指すは販売支援業―売れば売るほど利益が残る『繁盛店の法則』の確立」マルト水谷 社長 梶田 知さん

1956年生まれ。51歳。O型。幼い頃より、家業の酒屋を手伝う。1973年、実家で運営していた株式会社イズトクが株式会社マルト商店を買収し、株式会社マルトに社名変更。先代で父である梶田徳二氏の後を継ぎ、株式会社マルトの代表取締役に就任。1986年、株式会社イズトクの代表取締役に就任したのち1995年、株式会社マルトと株式会社イズトクが合併し、株式会社マルトとなる。1997年、マルトと株式会社水谷総本店が合併し、株式会社マルト水谷に社名変更。代表取締役社長に就任。業務用酒類、食品の小売業だけにとどまらず、「繁盛店の法則」をモットーに、東海地区の飲食店の販売支援を行い、店舗内装、メニューのアドバイス、開店から開店後のサポートまで手がける。毎年6月に、東海地区の飲食関係者を対象に業務用食材の総合展示&提案会「FOOD NAVI」を開催している。

絶対にやりたくない仕事、それは家業の酒屋だった!

ーこの事業を始めたいきさつは?
 実家が昭和23年から続く酒屋を営業していました。ただ子供の頃から休む日もなく毎日仕事の手伝いをさせられて嫌だったので、家業を継ぐ気は全くありませんでした。父は怖い人でしたから、「嫌だ」と反抗できなくて(笑)。早く父から逃げ出したいという思いで必死でした。でも、僕が高校2年の時に父が大病を患ってから考え方がかわり、家業を継ごうと決めました。それまでは、一番なりたかった職業は船乗り。商船大学受験まっしぐらで船乗りを目指していましたが、髪が真っ白になり弱々しくなった父の姿を見て、それまで怖かった父を哀れに感じてしまい、つい「後を継ぐよ」と言ってしまって今に至ります(笑)。

 大学を卒業して23歳の時、コンサルタントのもとで家業の後継者を対象にした勉強会に参加していました。50社くらい訪問し様々な現場の問題点を洗い出し、経営の基礎を学びました。僕が正式に今の仕事を始めたのは25歳くらいからでしょうか。学生時代から手伝っていたので内情はわかっていました。最初は、一般家庭用の酒販売店「イズトク」を営業していたのですが、オイルショックを境にして顧客を飲食店対象に絞り、業務用酒問屋として運営していくことになりました。「マルト商店」という会社を尾張地区担当で、「イズトク」を名古屋地区担当にし、2つの社名で展開していきました。まだこの頃の僕は、家業をやらされている感覚でいました。贅沢を嫌い、稼いだお金を使わずに仕事ばかりしている父のやり方が嫌で嫌で仕方なく、とにかく「早く抜け出したい!」と思っていましたね。

ヒラ社員からいきなり社長?!うつ病から脱出し会社合併、経営スタイル確立

ーその後どのような経緯で社長になったのですか?
 父の70歳の誕生日の時に、突然「明日からお前は社長だ」と言われました(笑)。その日以来、父が僕の経営方針に対し一切口を出さなくなったのです。平社員からいきなり社長に昇格したので、経営についてのノウハウもなく、困って父に質問してもアドバイスすらしてもらえなかったので、苦しかったですね。うつ病のような状態が3年ぐらい続きました。その上、その頃社内では労働争議があり、「給料が不当に安い!配達にはもう出ない!」と社員の不満が一気に噴出していました。でも結果としてこれが良かったのだと思います。「社員に自分の思いがきちんと伝わっていない。会社が今後どうなるのか?ということこそ、社員の最大の関心事なのだ」ということに気がつき、事業計画書を作成するきっかけになりました。「脱」家業し、企業化を目指すことに決めたのです。

ーその後「マルト」と「水谷」は合併するわけですか、そのきっかけは?
 酒類の規制緩和が始まった時、一気に価格競争が起きるだろう、コスト対応力をつけなければならないと考えました。まずは「マルト商店」と「イズトク」で運営していたものを合併して一つにし、ローコストオペレーションシステムを目指しました。これでコストの3割減に成功しましたが、コストが削減できた反面「今までの事業のやり方は、自己満足でお客様の満足にはなっていなかったのだな」と気がついたのです。チェーン店が東海地区にも次々と進出し、周りのお客様の売り上げが下がっていくのを目の当たりにして、自分は「飲食店が繁盛するための手伝いをしよう」と決めたのです。そのためには、酒造メーカーに協力してもらえるような会社規模に拡大する必要があると感じていました。

 そんな時、業界でライバルでもあった「水谷総本店」の水谷社長が、酒屋が集まる勉強会に誘ってくれました。その帰りに新幹線でご一緒して話をしているうちに、会社合併の誘いを受けました。これがきっかけで、その勢いのまま合併の話が現実のものになりました(笑)。平成9年のことです。その後、社名を「マルト水谷」に決定し、合併に必要な契約内容などは専門家に任せようということになりました。悲壮感は全く無い合併でしたね。

ー合併で苦労したことはありましたか?
 大変だったのは経営理念を決めることでした。「マルト」と「水谷」、両社の考え方の一致が大切だと思っていましたから。一点風土が違うなと感じたのは営業スタイルでした。「水谷」の社員は、会議の最中にでも携帯に出て「お客さんの所に行ってきます!」と言って飛び出していくという、お客さん優先の営業スタイルだったのですが、反対に「マルト」では、会議中はあくまでも会議が優先。会議で未来図を決めてから、お客さんの所に行くという営業スタイルだったのです。ですから、社員同士で会議できる時間がなかなか合わなくて、苦労しましたね。でも、新しい会社になるには古いスタイルを捨てなくてはならない。旧マルト、旧水谷もないのです。「マルト水谷」をどういう会社にしていくかという未来像を描くことが大切だと思っていたので、会議優先は絶対に譲れない点でした。合併の直前に20回は合宿をしました。でも、合宿中でも客の所に営業に行こうとした社員がいたのです。僕は、その社員を「客を取って来いとはまだ誰も言ってない。確たるビジョンを持った「マルト水谷」の社員として営業に行けばいい」と説得して、営業に行くのを引き止めました。全社員に「会議中には営業に出ない」事を徹底させるには、約3ヶ月かかりましたね。

目指すのは、酒屋業ではなく販売支援業〜繁盛店の法則〜

ー酒造メーカー買収などは考えていますか?
 いえ、全く考えていません。当社は「対応力」で勝負していきたいと思っていますから。市場のニーズや売れ筋商品は、凄いスピードでどんどん変わっていきますからね。酒の製造に関わることは体力的に大変な事なのですよ。

ー嫌いだったという酒屋業を発展させた今、どう感じていますか?
 「酒屋業」ではなく「販売支援業」だと思うようになってからやりがいと楽しさを感じています。「繁盛のお手伝い」という立場で仕事をし始めてからは、「お客様に情報を伝え、お客様と同じ方向を向いて支援させていただいている」ということに特にやりがいを感じますし、とても楽しいのです。我々の場合、流通業は20%〜25%でも利益が出たら合格だと思っていますし、それ以上利益を出すべきではないと思っているくらいですから。

売れば売るほど利益が残る、ビジネスモデルを確立させたい


ー御社の販売支援方法はビジネスモデルとして確立していると思うのですが?
 販売支援業のシステムは、情報を集め、お客様に的確に伝えることで、お客が必要とする商品が売れるシステムなのです。まず商品ありきで営業をかけるやり方とは違います。そのため、新しく「ソリューション事業部」を立ち上げたのです。

 今の酒屋は売れば売るほどコストがかかる仕組みになっています。まずそこを正さないといけない。飲食店で提供されるアルコール類は、以前よりもずっと種類豊富でバラエティに富んでいます。だから酒問屋にとっては、一種類あたりの売れる量が減ってしまい、多頻度、少量、小口配送になるためコストが多くかかります。飲食店のメニューに合わせて酒の商品バラエティを増やさないといけなくなるので、商品の積み込みから配達出発まで、最低2時間半はかかっていました。現在は、「ソリューションシステム」を入れたので積み込みを開始して30分で配達車が出発できるようになりました。手間がかかりすぎて長時間労働になり、利益率が悪くなっていたところを整理して、売れば売るほどちゃんと利益が残る体質にできるよう、我々の営業モデルを各酒問屋さんにあった形で提案することが大切だと思っています。実際、今3社のお手伝いを引き受けていますし、今後更に4社のお手伝いさせていただく予定です。

ー今後の御社の経営プランと、個人的な人生プランを教えて下さい。
 当社のシステムモデルを必要としてくださる方に、更にサービスを提供できればと思っています。個人的なプランとしては・・・根本的に僕は怠け者なので(笑)。できれば仕事をしたくないので、51歳で引退したいなと思っています。海外で20年くらいロングステイをして、20年の間にその後の余生をどのように過ごすかを決めたいと思っています。そのためにあと1年とちょっと、どれだけ燃え尽きることができるかですね。

株式会社マルト水谷
聞手:メディアジャパン 
代表取締役 宮崎 敬士
校正:名駅経済新聞 渡邉エリ子
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