特集/コラム
「私でなければできないビジネスを探して-50代の女性が活躍できる新しい派遣スタイルを考案-」ジャーニー 社長 平出莉貴(ひらでりき)さん
1964年生まれ。43歳。O型。岐阜県中津川市出身。美容関連商品の販売業として2002年に有限会社を設立。現在は株式会社ジャーニーに社名を変更。50代の女性を中心に求人募集をし、事業所給食及び、介護事業へ特化した人材派遣を展開。特色として1日4時間の「パーツ派遣」を考案し、企業の必要な時間帯だけの人材派遣を可能にした。「最高級のおもてなしのできる派遣スタッフ」を目指して、名古屋市内の人材育成会社と提携し接客研修を強化。また社員全員がカウンセリングセミナーに参加し、派遣スタッフのメンタルケアを行っている。現在派遣登録人数約300人。派遣スタッフ平均年齢52歳。
「生まれて初めて真剣に働いた」—自分の力で道を切り開ける女性へ
—社長になられるまでの経緯を教えてください。
地元を離れて、東京の商社に就職しました。お給料もたくさん頂いていましたが、特に目標がなく、休日は友達と遊び、時々海外旅行をしたりしながら過ごしていました。そして、7年勤務した後同じ会社の人と結婚して退職しました。
—結婚されてからはどうでしたか?
結果から言えば、結婚してから7、8年で離婚しました。でも、離婚をして一人になり、これからを考えたら自分には目標もなく、何一つとりえがないことに気づいて「これは、困ったな。」と思いました。本気で頑張って働いたことがない私は、また企業に勤めてもきっと続かないだろうと思ったので、細々でもいいから自分でお金を稼ぐ方法を探そうと思っていました。
独りになってこれから何をしようかなと思っていた時に、私の一番の趣味である百貨店通いで、付け爪の「ワンタッチネイル」という素晴らしい商品に出会いました。接 着剤も両面テープも使わずに、何度でも脱着できる商品で、とても気に入った私は、すぐに名古屋や地元の友達に見せに行くと、「東京にはこんなにいい物があ るの!」と大変びっくりしてくれたのです。そこで私は、「これはビジネスになる!」と確信し、メーカーに問い合わせ個人取引で顧客を開拓をしていきました が、そのうち「やっぱり百貨店が好きだし、私も百貨店で売ってみたい!」と思うようになりました。そこで販売の研修として、1週間東京の百貨店でメーカーさんのお店の店頭に立たせてもらい、接客をしました。この時私は、百貨店での販売の目標を達成するために、生まれて初めて真剣に働いたのです。
当時東京では既に、メーカーさんが5、6年前から百貨店を回って販売されていたので、「よし、私は名古屋でやろう。」と考えました。そこで私は、営業なんて一度もしたことがないのにいきなり名古屋三越に「素晴らしい商品があるので、ご提案に伺わせて下さい。」と電話をし、「5分でもいいから話を聞いてください!」と言い続け、無理やりアポイントを取りつけました(笑)。
大好きな百貨店と取引がしたくて会社を設立
名古屋三越では、女性向けの商品の提案だったこともあり、店長の他に同席した女性の秘書とバイヤーの方が「これはいい!」と大 絶賛してくれて、取引をして頂けることになりました。しかし、私は個人口座しか持っていなかったので、後日百貨店から「弊社は会社取引しかしないので個人 取引はお断りしていますが、この商品はとても良いので、すぐに会社を設立して法人口座を作って下さい。」と言われました。そこで当時の私は、会社を設立す る知識など全く無かったのですが、自分の持っていた指輪や時計などをお金に換えて、500万の資本金を工面して有限会社を設立しました。
—会社設立後は順調だったのですか?
会 社を設立して、名古屋三越との契約が整い、幸運なことに初日にテレビで中継をして頂いた効果もあって、初めての催事販売は客の行列ができるほど大成功しま した。その影響で、名古屋三越での催事販売しか予定が入っていなかったのに、他の百貨店からも来てほしいという依頼を頂きました。こうして、とても順調に 名古屋の百貨店全店と契約することができました。
いつも「私でなければ出来ないビジネス」を探していた
会社を設立して1年後には、だいたい1ヶ月で1600万円程の売上が上がるようになりました。しかし、ある時ふと「爆発的に商品が売れれば、売れなくなるのも早いのではないか。」という思いが頭に浮かびました。そこで、商品に頼らない、メイク、ハンド・フットケア、ヘアセットなどを20分程の短時間で提供して代金をもらうイベントを企画し、百貨店以外にパチンコ店でも開催しました。パチンコ店でのイベントは利益率が高かったので、1、2年で売り上げを伸ばすことに成功しましたが、頭の中には常に「私の真似をする人が出てくる前に何とかしないといけないな」という思いがありました。
し ばらく新しい商品や販売方法を模索するうち、過去に取引のあった百貨店の方から「今、人手が足りないので、イベントで使っていたスタッフを派遣してくれな いか。」という電話を頂いたので、スタッフを百貨店の販売員として派遣に出すことにしました。これが派遣業を始めたきっかけです。
価格ではなく質で勝負したい!代をメーンにした派遣業をスタート
本格的に派遣業としてスタートしたのですが、暫くすると、販売員の派遣では、大手派遣業に価格交渉で勝てないことに気づきました。私は「私でなければ出来ないビジネスを何か見つけたい」と考えていたこともあり、企業の社員食をつくる「事業所給食」に特化した派遣業を始めることにしました。
—どうして事業所給食に特化しようと思ったのですか?
調べてみると、事業所給食には6兆円という大きいマーケットがあって、しかもこれを特化してやっている派遣会社が少ないことがわかったからです。また、配膳をする人は調理補助という職種になるのですが、調理師とは違い、免許がいらないので、昨日まで家庭でご飯を作っていた主婦の方でも出来る仕事なのです。工場などは、交代制で24時間フル稼働していますから、深夜でも食事を出さなくてはならないので、調理補助の方も相当の人数がいります。
今取引がある工場は1回の食事で3000食の給食が出ます。交代で勤務して給食を作るので、70〜80人の調理補助の方が必要になり、そのうちの10人ぐらいを弊社から派遣しているのですが、スタッフは料理することに慣れている40代から50代の方なのです。幅広い職種に向けた若い戦力重視の人材派遣会社が多い中で、職種に特化し登録者の平均年齢が52歳というのが弊社の強みです。
派遣社員が長く続けられる秘訣は、コミュニケーションと「パーツ派遣」
—派遣社員は気軽に登録できる代わりに辞めるのも早いと聞いていますが。
一般的にはそうかもしれませんが、有り難いことに、弊社では長く働いて下さる方が多いですよ。みなさん、会社のために派遣先で頑張ってくれています。人がいなくて困っていると友達に声をかけて連れて来てくれる程です。
この大きな要因として、勤務体系を4時間の「パーツ派遣制」にしていることが挙げられます。これは50代の方が、「長い時間は働けない」と言われることから始めたもので、主婦業の合間に働くことができます。また企業も人手の欲しい時間を組み合わせて派遣を頼めるので、大変好評を得ています。そ して、派遣スタッフとのコミュニケーションを図ることも大切にしているので、社員全員でカウンセリング支援協会のカウンセリングセミナーに参加し、カウン セリングの勉強をしています。「元気がないな」と思う人がいたら、派遣先でのストレスや心の悩みなどを時間をとってちゃんと聞いてあげる。それが社員にで きる精一杯のことだと思います。
派遣する立場から雇用を生む立場へ—私と社員全員の夢
—社長の夢と今後の展開を教えて下さい。
派 遣業は、派遣先の業界の声をたくさん聞くことができます。今、事業所給食に特化し始めて感じているのは、現場は地味だけど、みんな一日の中でとても楽しみ に待っていてくれるものだということです。会社員として働いている方も、入院されている患者さんも給食を食べる時間は、ほっとできる大切な時間だと思いま す。そう考えると、遅れることも休むことも許されない、とてもやりがいのある業種なのです。
また、新しい派遣先として介護施設への派遣を始めました。50代 をターゲットに事業所給食の募集をしていると、ホームヘルパーや介護福祉士など、介護の資格を持った方が多いことに気付いたからです。スタッフに「どうし て介護の資格を持っているのに、事業所給食の仕事がしたいと思ったの?」と聞くと、「ずっと人に接してきたから、しゃべらなくていい仕事がしたい。」とい う答えが返ってきます。そこで、介護資格がある人に事業所給食の仕事をやる合間に介護の仕事も勧めました。介護ばかりだと疲れてしまうようですが、掛け持 ちだったらできるようなのです。
私は、介護業務は「サービス」だと思います。お風呂に入れたり、食事を食べることを補助したりするのも、接客業が目指す一流のサービスと変わらないと考えているからです。また、「治療食」という分野も勉強し始めました。これは糖尿病患者さんや飲み込みの不自由な患者さんの為の特殊な食事のことですが、現在「治療食」を作ることができる人はとても少なく、ほとんど現場(病院)でしか教えてもらえないものなのです。事業所給食・治療食の現場は、経験があればどこへ行っても使ってもらえる売り手市場なので、需要はとても高いのです。
このように、派遣先から感じたり学んだりしたことを生かして、いつかは雇用を生む立場になりたいと思っています。これは私の夢でもあり社員の夢でもあるのですが、将来静かな森の中で、ゴルフ場と隣接した有料老人ホームなどを自社で運営したいですね。私達がその夢を叶えることで、今まで派遣スタッフで働いてくれた人たちに「こんなことも出来るようになったよ」と見てもらいたいですね。
聞手:メディアジャパン
代表取締役 宮崎 敬士
校正:梅田 和代
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://meieki.keizai.biz/column/29/trackback.html