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名古屋のプロレス事情を取材~プロレスを毎週、観戦できる日本で唯一のスポーツバー「スポルティーバ」

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スポーツ&プロレスバー「スポルティーバ」の魅力

盛り上がりを見せている愛知のプロレスを体感してみたいのなら、大会の開催を待つ必要はない。名古屋のプロレス人気の一端を担っている団体「スポルティーバ・エンターテイメント」の試合は毎週、見ることができる。鶴舞駅そばにあるスポーツ&プロレスバー「スポルティーバ」(名古屋市中区千代田3)はプロレスのリングを常設。毎週定期的にプロレス観戦ができる日本で唯一のスポーツバーだ。スポルティーバに愛知県のプロレス事情について取材し、「ZeppNagoya(ゼップ・ナゴヤ)」で行われた春のビッグイベント「愛プロレス博」をリポートした。

鶴舞駅を出て、JR中央本線の高架に沿って中央線西通りを南(金山方面)へ歩いていくと、ほどなくスポルティーバにたどり着く。同店はサッカーや野球の観戦なども楽しめるスポーツバーだが、店内に入るとまず目に飛び込んでくるのは存在感のある3本ロープのプロレスリングだ。かつてはボクシングリングもロープが3本だったが、選手の落下防止などのため今は4本になっているそうだ。場外も戦いの場となり、リングインのタイミングが勝敗にも関わるプロレスは、今も変わらず3本のロープで囲まれている。毎週水曜は「水曜カレープロレス」、金曜は「金プロ」が開催されていて、プロレスを観戦しながら飲食ができる。また毎月末の土曜には「土プロ」という他団体からも参戦する1カ月の集大成となる試合がある。ちなみに取材した日は水曜日。カレーを食べながらプロレスを楽しめる日だ。

スポルティーバ社長の斉藤涼さんに話を聞いた。「愛知県は確かにプロレスが盛ん。僕たちは新しい団体だが、東海プロレスのような老舗もあってスタイル、運営方法もいろいろ。週刊プロレスに載っていた他にもユニットまで入れたら、もっとたくさんある」と愛知の活況ぶりを話す。とはいえ、運営は簡単ではない。「どの団体も経営は苦しく、関係者の情熱でもっているのが現状。プロレスだけで食べている人は一部。この店もプロレスは赤字」とプロレスの団体運営、興行の難しさを話す。

この日も500円のカレーライス(トッピングが豊富)を一皿食べたらプロレスが見られる低価格。「選手のスキルアップのためでもありますが、たくさんの人に見てほしいし、プロレスを知らない人にも見る機会を作りたい。プロレス観戦の入り口になればという志でやっている」

プロレスをプロデュースするようになったのは偶然と話す斉藤さん。「プロレスは栄で経営していたスポーツバーで、時々上映していた程度だった。お客さんから名古屋にプロレス団体がいっぱいあると教えてもらい、レスラー達に会うようになった。プロレスラーというよりも、飲み仲間として親しくなっていった」。「どんな興行なら面白いか」で激論するうちに、斉藤さん自らプロデュースを手掛けることに。それが2006年に始まった「愛プロレス博」だ。「何の経験もないまま始めたが、名古屋から文化を発信したいという情熱にゼップ・ナゴヤが協力してくれた。結果が赤字になり、悔しくて2007年にもう一度、開催。しかし2回目は映像トラブルのアクシデント。その時はスタッフも選手も、応援してくれたお客さんまで泣いた」と当時を振り返る。

スポルティーバを開店したのは、名古屋のプロレスが発展するためには常設会場が必要だと感じたから。「清水の舞台から飛び降りる気持ちだったが、未来を買うつもりでこの店舗を買った。順風満帆ではないが、毎週、プロレスの熱気を発信できていると思う」

地元ファンに高い人気を誇る「愛プロレス博」。意気込みを語る選手にインタビュー

愛プロレス博も今年で6回目。今では地元プロレスファンに春のビッグイベントと認知されるまでになった。一昨年の大会でデビューしたスポルティーバ生え抜きのレスラー・彰人選手は年々、成長を遂げ、今年はメインイベンターとしてリングに上がる。「選手層も厚くなり、メディアの露出も増えてきた。本当にほしかった東京でも通用する名古屋のスターが育ちそうな状況にもなった。県外から来る選手たちには『名古屋は意外とやるな』と思ってもらえるようになってきたと思う」と斉藤さん。

今年の愛プロレス博のテーマは「夢」。「会場にきたお客さんにもっと夢を見せたい。そして最後は元気を与えたい。夢を叶えることは、こんなにも楽しいことだと伝えたい。初めての人にも6年間ずっと見てきた人にも満足してもらえる大会にする」と意気込みを語った。

この日は愛プロレス博を翌週に控えた忙しい時期。このタイミングに取材を申し込んだ理由は、あるデビュー予定選手にもインタビューしたかったからだ。

内藤まりさんは一宮市在住の26歳。愛西市で働き、週2回(水金曜)仕事が終わった後、名古屋でプロレスを学ぶ日々を半年間、続けている。もともとボクシングと総合格闘技の道場に通って格闘技を学んできた。テレビでプロレスを見て、強さと格好よさに憧れて、レスラーを目指すようになった。「プロレスの魅力は技が決まった時に、一斉に会場が大きな歓声で包まれる瞬間。自分もやってみたいと思うようになったのは20歳を過ぎてから。プロレスラーを目指す人はもっと早く始める人が多いのでスタートは遅いと思う。柔術や総合格闘技の練習をしながら、プロレスができる環境を探した」

デビュー目前で緊張していると明かす内藤さん。「プロレスは身体の使い方が違うので、格闘技経験があっても大変。練習の仕方も考え方も違う。試合形式の経験が少ないので、なかなかうまくいかないことばかり。とても緊張している」両親にはずっとプロレスデビューすることは話していなかったそうで、今回のデビューをテレビ局に密着取材してもらう機会に、ついに伝えたという。「母はプロレスや格闘技を見るのは苦手。なかなか言い出せずにいましたが今回、テレビの力も借りて話すことができた。デビュー戦も見にきてくれることになった」とほっとした表情。「何でもできる選手のように動くことはできないと思うので、気持ちをぶつけたい。自分が立ち向かっていく姿が見ているお客さんに伝わればいいと思う」

斉藤さんは「プロとして観客の前でリングに上がるためには、ある程度のレベルに達していなければいけない」と厳しい。この日も内藤さんのデビュー査定試合が行われた。受身や基本的な技はすでに身についている内藤さん。査定されるのは情熱が観客席まで届いているのかなど、気持ちに関わる部分や見守る人々の反応も大切なようだ。水曜名物のカレーライスの香りと緊張感の中、試合開始。

胸を貸す先輩レスラーにシンプルに攻撃をぶつける内藤さん。大きな音が響くが、相手はびくともしない。

逆襲を受け始めてからは一方的な劣勢。デビューがかかっていることを分かっているだけに観客も熱く応援する。FMWの中村理恵コーチが「伝わらない!」と厳しい叱咤激励を飛ばす。力が出せないままフォールされ、しばし正座のまま一点を見つめる内藤選手。すぐにこの場での再戦を懇願。査定マッチは第2ラウンドへ突入した。

査定マッチが終了。記者には情熱が十分に伝わったと感じたが、2日後にもう一度、査定試合をやると発表される。大会に向けて大忙しのスタッフなのだが、査定のハードルは下げない。直前でもコーチがNGと言ったら、デビューさせないつもりと話す斉藤さんだが「こんなに努力して物事を押し進めてきたことは本人も初めてのはず。努力は裏切らないことを本人にもお客さんにも見せてあげたい。報われる瞬間をお客さんと共有してほしい」と期待の言葉ももらした。

「愛プロレス博2011 夢」開催の日

58日、「愛プロレス博2011 夢」が開催される日となった。会場の「ゼップ・ナゴヤ」に着くと、会場の入り口から角を曲がった先まで人が並んでいる。上々の客入りだ。この日、同会場では人気女子プロレスラー華名選手を中心とした「トリプルテイルズ」興行と「FREEDOMS」の興行も開催。このように一つの会場での同日開催は東京・後楽園ホールを始め、プロレスでは定番のスタイルの一つ。ファンにとってプロレスに没入する1日となる。

入り口の前では銀色の巨人。「グレートアンゼンガー」という名前で、触るとご利益があるとのこと。混雑した入り口に更なるカオスと笑顔をもたらしていた。プロレスラーはアスリートであり、パフォーマーでもあるのだ。

  

  

会場の照明が落ちて、一気に観客のボルテージが上がる中、大会のテーマを伝える映像が流れる。かつては失敗して悔し涙を流したという映像パートも、今では愛プロレス博の大きな魅力の一つだ。

トップを切ってリングインした選手は、愛知から全国に飛び出したヒップホップグループ「nobodyknows+」のノリ・ダ・ファンキーシビレサスその人。彼は紅白歌合戦出場歌手であり、千種区・今池を拠点に活動する「今池プロレス」の所属レスラーだ。ノリ選手は今回のイベントのみのゲスト参戦ではなく、音楽と両立させ、毎週のようにスポルティーバのリングで激闘を繰り広げている。ノリ選手と肌を合わせ、その熱さに心を動かされ、ヒートアップする他団体の選手もしばしば。名古屋を代表する人気レスラーの一人だ。

2戦にも名古屋が誇る人気レスラーが登場。最近テレビ出演などでじわじわと知名度を上げている「ミスター6号」だ。抜群のスター性を持った少年レスラーで、日本中どこを探しても、これほどプロレスのうまい小学生は存在しないと断言できる逸材。この日も海千山千の個性派レスラー達を相手に抜群の存在感を放っていた。

  

ミスター6号と共闘したマグナム今池、ドラゴンズマスク、グランパスマスクはノリ選手同様「今池プロレス」所属レスラー。今池プロレスは、今池商店街がホームタウンとなってサッカーや野球のようにサポートしている団体。今池の地名の歴史を戦いに織り込むなど、街の活性化を目指し、明るくダイナミックなプロレスを披露している。敵方についた「デスロッカー」は今池ライブハウス連合がスポンサードするヒール(悪役)レスラー。悪役にスポンサーがつくところが、今池地区のプロレスへの懐の深さを示している。次回大会「今池プロレス商店街5」は87日に千種文化小劇場で開催予定だ。

3戦。ついに内藤さんのデビュー戦。アナウンサーが選手の名前をコールする。リングネームは「ナンシーまり」だ。相手を務めるのはセンダイガールズ所属の「花月」。今、上り調子のレスラーであり、ナンシー選手にとっては厳しい相手かも知れないと客席の声。

花月選手にひるむことなく、全力で前に出るナンシー選手。スポルティーバより広い会場。全身で伝えないと届かない。

 

    

花月選手の力強い技に、何度もマットに転がる。それでも前へ出る。身体が動かなくなっても、目が強い意志の光を放つ。

 

 

 

結果はナンシー選手の敗戦。花月選手の圧勝ではあったが、全力で立ち向かうナンシー選手の姿が印象に残る試合だった。ナンシー選手にエールを送る花月選手。前を走るレスラーとして新人の技を堂々と受けねばならないが、いいものをもらえば当然痛い。それでも受ける。そして相手が受け止められることを信じ、真っ直ぐに力強く技を叩きこむ。能力が未知数の新人と全力で戦うのは勇気のいることなのだ。この日の花月選手には風格も感じたが、つい最近まで新人らしさに溢れて、伸びようともがいていた選手。ナンシー選手の意気込みに敏感に呼応して熱戦を見せてくれた。

デビューまで二人三脚で走ってくれた中村コーチがナンシー選手を抱きかかえる。プロレス都市・名古屋にまた一人「プロレスラー」が誕生した瞬間だ。

  

  

  

この日は長年、愛知のプロレス界で活躍したレスラー「SHIGERU」の引退セレモニーも行われた。力強く気持ちののったプロレスで愛プロレス博の発展を担ってきたレスラー・SHIGERU選手。膝の怪我が回復せず、無念の引退となった。

  

  

この大会の2日前に長男が生まれたとのこと。これからは「食・呑 高木屋」(名古屋市中村区名楽町1)のオーナーとして、新しい戦いに踏み出すことが発表された。

 

 

 

戦友たちが握手、そして胴上げ。多くの仲間達に囲まれ、プロレスラーSHIGERUがリングを去る。今日、プロレス人生をスタートさせた内藤さんがいただけに、その強烈なコントラストが強く胸に残った。

それにしても覆面を付けていても、その下の表情が伝わってしまうのだから、プロレスラーとは不思議な人たちだと思う。

メーンイベントはスポルティーバ・エンターテイメントの若きエース・彰人選手とDDT所属「男色ディーノ」の対戦。男色ディーノ選手は佇まいも戦い方も、すべてがオンリーワンのレスラー。なかなか子供には理解が難しいディープなプロレスを展開する。地元を代表するレスラーが外敵を蹴散らして大喝采。そんな単純明快なフィナーレが一番安心できる結末なことは、彰人選手本人も、斉藤さんも分かっていたはず。それでも愛プロレス博は彰人選手にとって今一番興味がある選手、戦いたいレスラーを対戦相手に選んだ。かなりのチャレンジだったことは間違いない。

ディーノ選手のプロレスに付いていこうと知略の限りを尽くし奮闘する彰人選手。しかし試合の要所では重みのある攻撃が飛んでくる。

攻めている時だけではない、受けている時も何かを発しているのがプロレスラー。強烈な攻撃を受け続けても、彰人選手の気迫は衰えない。逆転を信じて叫ぶ観客の声援も、次第に大きくなっていく。

しかし簡単にペースを譲り渡すことなく、彰人選手を追い込んでいくディーノ選手。最後は強烈なパイルドライバーでフォール負け。悔しい結末となった。

名古屋はプロレスが盛ん。それは間違いない。しかし年に一度の主催ビッグマッチで外敵に勝利のマイクパフォーマンスを奪われることも現実。ディーノ選手は愛知のレスラー達にさらなる発奮を望み、厳しい言葉をかける。説得力のある戦いの後だけに、観客からも納得の拍手が起こる。

 

2人の試合と言葉に動かされ、リングに勢ぞろいする愛知のレスラー達。今日しかプロレスを見ないという人にはハッピーエンドではなかったかもしれない。しかしプロレスを見続ける者には、このシーンは大きなドラマの一部だ。名古屋のプロレスファンには、2009年のデビュー戦でただただ真っ直にぶつかっていくだけだった新人レスラー・彰人が、ディーノ選手と渡り合える懐の深いレスラーになったことに喜びを感じている人もいただろう。高揚感と次への期待感に溢れたフィナーレで、2011年の愛プロレス博は終了した。

「愛プロレス博2011 夢」が終わり−−−

笑顔で出口へ向かう観客の表情を見ながら、斎藤さんの話を思い出す。「名古屋のプロレスファンは、仕事が終わってから深夜バスで東京まで試合を見にいきます。試合が終われば急いで帰って、また仕事。それが日常でした。僕たちは東京にプロレスを見せに行きたいのではなく、東京や大阪から見に来てもらえる団体になりたい。それが地元の活性化にもつながるはず」。あの日、「順風満帆ではない」と始まった話は、最後に「風が吹いてきている」と締めくくられた。今、名古屋のプロレスラーたちは背中を前に押す風を確かに感じながら、リング上で夢を語っている。

プロレスは楽しくて、痛くて、とんでもなくて、涙がでて、気がつけば人の喜怒哀楽の全てを照らし出す。そして最後に見るものを元気にするコンテンツだった。そして焼け野原になった戦後の日本で、多くの人に勇気を与えたのはプロレスラー・力道山の空手チョップだったと書かれていた昔の記事を思い出した。己の肉体のみで、ひたむきに戦うレスラーたちの姿は、きっと2011年の日本にもパワーを与えてくれるはずだ。元気になりたいと思う人は、どの団体でもいいからプロレスを見てはどうだろう。

スポルティーバエンターテインメントHP

竹本真哉 フリーライター。元「名古屋タイムズ」芸能文化部記者

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