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エリア特集2016-11-16

「あいちトリエンナーレ2016」を振り返る 世界中から集まった人々が架けたアートの虹

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 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2016」が10月23日、閉幕した。「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」をテーマに過去最大となる38の国・地域から119組のアーティストが愛知に集結し、74日間に渡って繰り広げられた一大イベントを振り返る。

 今回の記事では印象に残った名古屋市内の展示作品に触れながら、現代アートと映像プログラムの感想を述べたい。舞台芸術のまとめはこちら → 
パフォーマーたちが街に生み出したエネルギッシュな時間

◎現代アート 消えていく作品、増殖していく作品

現代アートの展示は、開幕時の特集記事(→リンク)で紹介した時から、期間中に大きく姿を変える作品もあり、繰り返し足を運んだ来場者も多かった。大巻伸嗣さんが愛知芸術文化センターに展示した作品「Echoes Infinity-永遠と一瞬」は、トリエンナーレの前・後半で大きく様変わりした印象深い展示だ。一辺が20メートル以上ある展示室の広い空間を、微細な鉱石の顔料などで描いた花模様で埋め尽くした鮮やかな力作で、開幕時に訪れた観客は静かに移動しながら息を潜めて作品を眺めた。1011日からは作品の上を歩くことが可能になり、固着させていない顔料の花模様は、あっけないほどに永遠性を感じさせた形を崩していった。劇的な変化を体感しながら鑑賞者は架空の花園を歩き、数週間前にあったはずの美しい花々に思いをはせた。
大巻伸嗣《Echoes Infinity―永遠と一瞬》2016 photo:港千尋

 大巻さんは愛知芸術文化センターのほか、栄会場、豊橋市PLAT会場の3カ所に作品を出展。さらに名古屋市内の展示会場をつなぐベロタクシー、PR用のラッピングカーのデザインも担当。どの会場も力作で、愛知全体に広がるトリエンナーレを象徴するアーティストとなったが、彼を始めとした複数のアーティストが新作を含む作品制作で大変な苦労をしたことは想像に難くない。それだけに名古屋に一瞬の間、咲き誇った花々の記憶は忘れられない。不思議なことに無かったはずの花の香りまで、思い出せてしまう気がするのは、幻惑されすぎだろうか。

ブラジル出身のアーティスト、ジョアン・モデさんの「NET Project」は名古屋、豊橋、岡崎の3会場で展開され、来場者らが自由に紐(ひも)を結んで作品制作に参加した。巡回展「モバイル・トリエンナーレ」が行われた設楽町、大府市、一宮市、安城市で結ばれた紐も加わり、1017日に愛知芸術文化センター2階デッキに展示された。愛知県各地で紡がれた紐が結集して、モデさんのコントロールを離れ、作品は生き物のように「成長」していった。不揃いで、しかし丁寧に結ばれた色鮮やかなネットは、単なる結び目の集まりとは思えないエネルギーを感じさせた。
ジョアン・モデ《NET Project2016 photo: 福岡栄

◎現代アート 深まり広がる「まちなか展開」

あいちトリエンナーレの特徴の一つ「まちなか展開」は、過去2回の会場となった長者町地区、栄地区を中心にさまざまな作品が展示され、多くの来場者が街歩きをしながらアートを楽しんだ。

作品は建物の中だけではなく、時に外にも広がっていった。92日には、長者町の「日本銀行名古屋支店」の壁面を利用して、石田尚志さんの「絵馬・絵巻/プロジェクション」が開催された。自身が描いた線を1コマずつ撮影して制作するドローイングアニメーションと、ライブペインティングを組み合わせた鮮やかな光の「絵馬堂」をイメージした映像が建物の外壁に投影された。

石田尚志「絵馬・絵巻/プロジェクション」の模様、長者町会場 photo: 菊山義浩

栄の中央広小路ビルの中に疑似的な新聞社を立ち上げ、記者希望者を募り、「大愛知なるへそ新聞」を制作したのは山田亘さん。街の人々の「記憶」を聞き取り取材して、いろいろな時代に散らばった過去のさまざまな思い出や体験を、現在進行形の出来事として報道。紙面は少しずつ内容を更新しながらトリエンナーレ期間中、次々と発行・配布されていった。

《大愛知なるへそ新聞社》編集部の様子 2016 photo:山田亘

新聞社内にはギャラリーを擁し、「なるへそ文化センター」という文化活動も展開。最終週には同新聞内で連載されたコーナー「会地今昔圖」が完本として1冊にまとめられて配布された。編集部にも参加した日本画家のカリヲ(井澤香織)さんと「名古屋スリバチ学会」により、街に住む人々から聞いた昔の風景と現在の景色が描かれた水墨画の絵図は、アートというジャンルでしか表現できない街の歴史絵巻だ。

 今回は新たに会場に加わった豊橋市でも魅力的なまちなか展示が展開され、トリエンナーレ全体としては広がりを感じた。名古屋市内に関しては、これまで同様、長者町、栄の展示に充実感があった中、新たに名駅地区が会場となり、JPタワーの通路空間に森北伸さんの作品「モダンタイムス」が展示された。金属のフレームと色アクリルで構成したステンドグラス風の作品は、忙しく歩く人の足を止めるだけの力を持っていた。

森北伸《モダン・タイムス》2016 photo: 菊山義浩

とはいえ、岡崎、豊橋が駅を出てすぐに多くの作品を鑑賞できたことを考えると、旅が大きなテーマのトリエンナーレだっただけに、名古屋駅周辺での展開は寂しいものを感じた。名駅には廃ビルも未使用のスペースもそうそう無く、ベロタクシーの駅前への運行も合わせて、難しいことが多いとは思う。それでも回を重ねればと期待したくなる活況が長者町には確かにあった。

3回目のトリエンナーレ アートへの意識は高まったのか

トリエンナーレは毎回、違うテーマを設けるので、全体の印象が各回のテーマを感じさせるのは当然であるが、続けて見てきた人々には連続性を感じる部分もあっただろう。第1回のテーマだった都市で祝祭が行われている感覚は、オアシス21で開催された「虹のカーニヴァル」や「長者町ゑびす祭」との協力など、まちなかでの展開で引き続き強く感じることができた。

大きな力や悲劇を目の当たりにした時に、芸術は何ができるのかという第2回の視点を直接的に感じさせる作品は、前回よりは少なかったように思う。その中で印象に残ったのは、岡部昌生さんの作品。名古屋市美術館では戦争の爪痕が残る沖縄・伊江島の建物を、愛知芸術文化センターでは広島の原爆投下による被爆樹と福島の原発事故による被曝樹をフロッタージュで写し取った作品を展示。忘れがたい痕跡を鑑賞者の中に残してくれた。

岡部昌生《被爆樹/被曝樹(イグネ)(被曝樹に触れて)(被曝つづける樹 風のかたち—風の、空気のフロッタージュ)》、《切り倒されたご神木》部分, 2016 photo: 菊山義浩

長者町ゑびす祭りの会場では、3回のトリエンナーレにそれぞれ参加したアーティスト3人によるトークイベントが行われ、愛知県での作品制作の印象、アーティストと芸術祭の関わり方などがディスカッションされた。トリエンナーレのキュレーターの企画ではなく、長者町のアート団体がこのイベントを主催していることに、芸術祭の街への浸透を感じさせた。

今回も多くの人々がボランティアとして芸術祭に加わった。愛知芸術文化センターで一般から募集した服を展示し、貸し出す観客参加型の実験的アートプロジェクト「パブローブ」を展開した西尾美也さんは「ボランティアで協力してくれたプロジェクトメンバーの尽力がとても印象に残った。アートプロジェクトへの理解度が高く、何より楽しんで参加してくれる方がたくさんいて、一緒に良いプロジェクトを行うことができた」と振り返った。世界各地でプロジェクトを行ってきたアーティストに、こういった感想を持ってもらえたのも、回を重ねてきたトリエンナーレが得た大きな財産だと感じる。
西尾美也+403architecture [dajiba]《パブローブ》2016 photo:菊山義浩

◎映像プログラム 映画の原点を巡る旅

映像プログラムは「旅」をテーマにした劇映画、実験映画、アニメーション、ドキュメンタリーなど32作品が上映された。名古屋市内では愛知芸術文化センターのほか、地下鉄伏見駅旧サービスセンターが会場となった。

伊藤高志さんの新作「三人の女」は、三方向のマルチスクリーンを使用して絶望的な人間関係をファンタジックに描く作品。途中から自由に見られるような現代アートの映像インスタレーションとは違い、最初のワンカットからラストまで見せることにこだわっている「映画」であり、3つの映像の結合と立体的な音響を駆使して「劇場の在り方」を問いかけている。映画にこだわりを持って拡張した作品が、印象的な映写機本体の使い方も含めて通常の映画館では上映しにくいものになっていることは興味深い。手法を抜きに、物語として鑑賞しても、強く心に残る画面や音があることも素晴らしかった。

伊藤 高志『三人の女』 2016 photo:菊山義浩

高嶺剛さんの「変魚路」は、沖縄を舞台に老人たちの記憶に焼き付けられて忘れることができない戦争体験を描いている。だが、映し出される場面を全て理解してストーリーを追いかけることは難しく、奇妙な変質を加えられた幻想的な映像に、鑑賞者は没入したり、我にかえったりを繰り返すことになる。マジックリアリズムの小説家たちが文字とページに技巧をこらしたように、高嶺さんは映像とフィルムをいじりながら夢を見ているような風景を作り上げる。小説はページをめくる手を止とめることができるが、映画は止まらない。虚実が入り混じった世界の不思議な手触りとともに進んでいくしかない。

高嶺 剛『変魚路』 2016 提供:変魚路製作委員会

831日に行われた活弁イベント「発掘の旅」も印象深い時間だった。生演奏付の映画4本を弁士が紹介し、トーキー版映画2本を合わせ、計2時間を超える貴重な映像を上映。チャンバラアクションの時代劇といった活弁の定番のような作品ではなく、映画史における重要作や今後なかなか見られない作品をセレクトした視点は、芸術祭ならではの個性を感じさせた。上映終了後に行われたトークも公開当時の映画事情や発掘・保存の難しさなどが分かる面白いものだった。

活弁イベント&トーク「発掘の旅」の様子 photo:菊山義浩

◎虹は消えても、記憶は残る 創造の旅は続く

開幕のオープニングレセプションで港芸術監督は「虹のキャラヴァンサライ」というテーマについて「多様性を持った人間が創造を続けながら、一つの場所を作り、分かち合うための旅を目指すもの。現代美術、舞台芸術、音楽、映画、オペラと芸術の多様性を全て包み込む姿勢を表すものでもある。人間は遥かな太古より創造しながら旅を続けてきた。現代に生きる我々がそれをどう引き継ぎ、未来へとつないでいけるのか。このテーマを受け止め、アーティストたちが国内外のあらゆる方角から素晴らしい作品をもって愛知に集結した。この稀有な機会をできるだけ多くの人々と共有したいと思う」と語った。

そして、虹やキャラバンという言葉が体現するさまざまな側面を言葉にしながら、多彩で時には難解な作品群を観客たちに伝える役目を自ら担ってきた。期間中、セレモニーやステージ、プログラムの現場に精力的に顔を出してアーティストらの取り組みの成果を確認していきながら、自らの言葉に自信を深めていく姿はとても印象的だった。ビデオカメラを片手に作品を見つめるとてもポジティブで行動的な港芸術監督の姿勢は、建築家としての深い視点を持ちながらアーティストたちの試みにリスペクトをもって企画を進めていた前回の五十嵐監督の態度ともども、これからのトリエンナーレを作り上げる人々に大切に継承してほしいと感じた。

 祝祭は終わり、アーティストや来場者たちの多くは愛知・名古屋の外に旅立っていったが、創造を目指す旅は世界中で続いていると実感する。美しい虹は消えたが、この場所で見た記憶は鮮明に残っている。日々、開発で変貌する愛知・名古屋が、3年後さらに創造する旅人たちに優しい魅力的な滞在地になっていることを期待したい。

(竹本真哉)

あいちトリエンナーレ2016

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