緊急事態宣言は解除されたものの、ステージやライブはまだ元通りに上演できない状況が続いている。天白区の小劇場「ナビロフト」を運営し、「名古屋演劇教室」を主宰する俳優・演出家の小熊ヒデジさんに、小劇場演劇を取り巻く現状について聞いた。
小熊さんは「緊急事態宣言が出て、4月以降は公演が全て中止・延期になり、7月まで上演が無いことが確定している。劇場の家賃など固定費がかかるが、小劇場運営はなかなか蓄えも作れないので、このままでは閉鎖するしかなくなる」と厳しい状況を語る。現在、8月の再開に向けて準備を始めているが、「小劇場が3密を避けるのは本当に難しい課題。座席の間隔を空けると80席が35席になり、他に消毒、空気清浄設備、マスク着用、飛沫(ひまつ)対策などお金がかかる部分が増えた。再開後も苦しい運営になると思う」と悩みは尽きない。
名古屋演劇教室では毎年、応募した市民に約1年かけて演劇を指導している小熊さん。3月に行った生徒たちとの公演が今のところナビロフトで行われた今年最後の舞台となっている。「緊急事態宣言が出る前から徐々に公演中止を選択する劇場が増えていった。その中で上演する団体は、演劇が仕事の人や、覚悟を持った人たちが最善の対策をしながら行っていた。教室の生徒たちは舞台を一生やると覚悟が決まっているような人たちではなく、半分以上は演劇に参加するのは全くの初めて。演劇をやってみたかった人たち、これから好きになる人たち。当然、世間の声や家族の不安などもあり、彼らも揺れ動いた」と振り返る。2月からは何度もメンバーの意見を聞く時間を作り、不安や葛藤を遠慮なく言ってもらったという。「苦しい状況の中、それでもやりたいのかを考えてもらった。皆がやろうと決めてからは、どうすれば上演できるかを話し合う日々だった。感染防止のガイドラインも彼らが率先して調べて、作成・準備した。演劇の意味や価値を考えながら一つになり、必死に作り上げた経験は、関わった全員にとって大きな出来事になった」と話す。
今回の舞台制作で、生徒たちの率直な質問や悩みに丁寧な言葉で答え続けたことで、小熊さん自身、演劇をやる意味、劇場がある価値などを考え抜く時間になったという。「演劇はあまり触れる機会のない人も多いし、不要不急と考える人もいる。それでも人や街にとって大切なものは世の中にたくさん存在している。例えばお祭りなどがそう。災害時や復興時は実施するのが難しい。災害が起これば、ライフラインがつながることが何よりも大切で、家がある、食料があることの安堵(あんど)はかけがえがないもの。その後に『今年はお祭りがやれる』となったときの喜びは地域にとって、また違う感動があると思う。演劇はそういう喜びを担うものになっていくべき」と思いを強くした。
同劇場では現在、存続へ向けて「ナビロフト救済基金」を立ち上げて支援を募っている。集まった支援金は、家賃など固定経費補填(ほてん)、再開に向けての設備投資、コロナ禍における劇場維持の諸経費に使う。支援募集は8月10日までで、支援金額に応じたリターンを用意する。小熊さんは、「小劇場ネットワークのクラウドファンディングなどさまざまな支援の動きがあり、集まった資金もより存続が厳しい劇場へ先行して渡していくような細やかな対応が始まっている。それでもコロナ禍の中、年内の見通しが立てられない、かつてない厳しい状況にあり、独自の基金を立ち上げた。私たちの力だけではこの非常事態を乗り切ることが難しいのが現実。舞台芸術文化のプラットフォームであり、地域の文化拠点になれる劇場の灯を守りたい。誰にも厳しい日々が続いていることと思うが、ご支援をお願いしたい」と呼びかける。
最後に小熊さんは「演劇は長い歴史の中で厳しい状況は何度もあったはずだし、それでも続いてきた。新しい生活様式の下でできる舞台、これからの時代を生きるための糧になる演劇がきっと生まれる。演劇人たちが長い時間をかけて方法を見つけていく。もしかしたら演劇教室で舞台を好きになったメンバーから、新しい時代の作品が生まれるかもしれない。願わくば、ナビロフトをその作品たちを発表する場として残せたら、うれしい」と語った。